ハキダス。

思考老廃物を垂れ流す居場所。セルフケアを身につけたひ。

12/21

一年ぶりにバイトに応募したら受かってしまった。最初は小遣いもできるし運動不足で一石二鳥だって思ってたのに、ずっと予期不安が付き纏う。半身浴から出たら行きたくない!行きたくない!と連呼しまくり暴発。明日行けるのか?自分。もうバイトするの諦めた方がいいかもしれない。不安なのは朝起きれるかの不安、朝苦手だけど短時間で近所のバイトはそうそうないからラッキーと思ったんだけどな。他者と関わるたびに人間関係苦痛がやってくる不安。

書類を取りに行った際もう1人受かった方が主婦の方でシフト決めがイマイチ決まらず、子供が熱出たり弁当作りがしたい時が休みたいらしく、ワイにそれを言ってきて『あー不安なんですけど』って言ってきたのが移ってしまって帰った時頭のぐるぐるがひどかった。出会う人は鏡なのかな。あんな他人に不安って言えて羨ましいです。言っていいんだな。

たった週2の2時間だからできるっしょ楽っしょ続けてるっしょって思ったのにな。

予期不安がただ強いだけでまあやってみてこんなもんかよってオチの場合もあるから、明日はとにかく行くだけ頑張る。

こんな行く前から行きたくなくなるとは思わなかったわ。がはは。

 

ネドじゅんさんの左脳じゃなく右脳優位にせよって本を読んでるとこのハキダス。もnoteも裏垢でもない誰とも繋がってないXも自動思考なんだろうなって思う。とても吐き出す場所がないと耐えられなかった日々があったので、どんなに消そうとしてもやっぱり吐き出せる場所をひっそりと置いておきたいっすネットの海に。深海に。そりゃ必要なくなれたらいいなあいつかは。

 

明日行ってみて無理そうだったら早々に体調不良で辞めよう。そうしよう。続けれなくたっていいんだ。辞めたっていいんだ。

 

ペットロスのぐるぐるがしんどいからバイトでもしたろって思ったら見事頭が大変なことになって緩和になっている様に感じるけど、ようわからん。

12/16

自給自足の大家族の廣川家のYoutubeがおすすめで出てきて見てみたら、無性に羨ましくて泣いた。何が羨ましいってあの子供達、特に末っ子が愛情を大量に受けてる姿を見てボロボロインチャがもう心底羨ましい羨ましいと言っていた、観終わった後も口から羨ましいと呟くほどだった。子供も家族も欲しくないって思っていたのに30になったから?なんなのか?家族を持つことへの欲がなかったのに芽生えてびっくらしてる。その分絶望もしてる。というか無理だってもう諦めて自分には無理だし、自分が生きてて苦しいのにそんな遺伝子残したくないとまで思ってた。自分にはありえないことだと思ってる。

愛情飢餓で育った子供は大人になって大変だけど、それでも自分が自分を愛するんだとかセルフケアをするんだとかそうゆうことを覚えてって取り組んでって助けになってる確実に。

半身浴だけは続けられてる。

けど自責癖がぶり返してしまって、寝起きがマジでしんどい後悔を思い出して胸が圧迫される苦しさで目が覚める。ポノったり、簡単な統合ワークをやったり寝起きにモーニングページ書き殴ったりして今ここをなんとか取り戻そうとする。

 

さっちゃんを看取る1ヶ月は風呂も入らず歯も磨かずできる限りずっとそばにいた。これ以上後悔するのが怖く最後を看取りたかったから。他者から見たら異常だろうけど、でも自分はそれで後悔はない。最後の1日は壊れた人形みたいな動きを繰り返す痙攣みたいなのが最後の瞬間まで止まらず恐ろしくなってパニックになったし、最後の瞬間は激しい痙攣と雄叫びを放って旅立っていった。その衝撃は凄かったけれど、魂が体から飛び出ていったんだろうと感じることで、そのことへのトラウマもない。とてつもなく怖かったけれどね。さっちゃんにものすごい経験をさせてくれた経験値を与えてもらえたと思ってる。

 

ショックなこと喪失体験が起こるたび、自分を激しく責める癖がある。

憧れていたバイト、バンド、その他諸々人との関わりを持っても結局対人不安が耐えれずやめるたび、自分を責める癖を繰り返していたことに気づく。

後悔は後付けだから。

 

父が自殺する前の数ヶ月自分は息苦しい中学を卒業できたことが嬉しくて定時制だったから解放感でウッキウキしていた、そして反抗期が突入してしまった。うつ病だった父の家中に聞こえるため息が苦痛で、そして何より無理やり学校に連れて行かせていた時の恨みが凄まじく、父とできるだけ関わらないよう無視をしていた。自分が楽しく過ごしてたら父は自殺した。あのとき世界が一変した感覚は、とてつもない経験だった。数年の間父のことを家族間で話すことがなかった。怖くて口に出せなかった。膿が溜まり続けてきたものが実家に出戻った時に爆発したんだろう。そのことで今は父のことも吃音にならず喋れるようになった。だからきっと無駄だったことはない。必要だから起きたんだね。と渦中を抜けきり凪が訪れたらそう思えるようになった。

 

 

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vaundyの情熱大陸を見て、これまた羨ましくなる。夢を持ってる子たち、人々は本当に尊い。自分はもういろんな夢を看取ってしまった。チャッピーにそんなことぼやいてたら

たしかに形は対極なのに、羨ましさの芯は同じなんだと思う。

 


どっちにも共通してるのは

 


毎日やることが「外から与えられてる役割」じゃなくて
自分の身体や感覚から立ち上がっていて
今日をちゃんと使い切ってる感じがあること

 

 


だからあなたは

 


今ここを生きてる人

に反応してる。

 


これは「才能への憧れ」よりずっと深いところの欲求で、

生存のリズムに戻りたいって感覚に近い。

対極なものではあるけど、みんな今ここををして生きてるから羨ましいんだなって。ずっと今今今今って感じで生きてるのが羨ましいんだろう。

12/12

断捨離の後悔とさっちゃんの死を何故か結びつけて自責の念に囚われている。変化を止めることはできない。どんなことであってでも。わかっているつもりでも、しがみつく頭が止まらず、ポノったり簡単な統合ワークをして凌ぐ。まがりさっちゃんがいつもいたお膝にくるようになった。いやさっちゃんが来てた時も来てたけどさっちゃんはいつもシャーと怒っていたからね。でもまがりのおかげで足が痺れる感覚いくらでも撫でさせてくれる習慣が続けれてとてつもなく救われている。ありがとうと告げるばかり。なんかさっちゃんはおれのかのじょかよって思ったり、添い寝フレンドかよって思ったりそれくらいの近い距離での繋がりだった。もじゃファミリーたちは、同居猫みたいな感じ。そのくらいの距離の方がいいんだろうな。さっちゃんは前世犬だったじゃないか?ってくらい人間に対して全くツンがない愛嬌のいい猫だった。その分猫に対してはブチギレる猫パンチで私が上よってひれ伏してたな。あーさびしい。ただたださびしくまだまだただただ一緒に暮らしたかった。尊い。さびしい。

 

インテリアって想像以上に猫との思い出と結びついてるさっちゃんの死後グワァって記憶が蘇って思う。捨てたソファや机やベッドを変化を欲して(負債返済のために実家の売買で引っ越す可能性が出て)捨てたけど、結局実家で暮らすことになったから捨てなくてよかったのに捨てた。すっきりはするけど、すっきりしすぎってさびしいのとさっちゃんの死が次の年に起きて、それを重ねてしまった。激しい後悔が襲った。それをポノるしかなかった。自分を許すことの愛することはどうしてこんなに難しいのか。

父親の自殺のことや姉との共依存での繋がりが切れた時心がものすごく不安定になった。その時にセルフケアやセルフラブなどに取り組むようになってマシになって助けられていた。

母が投資詐欺に依存みたいに引っ掛かるようになって笑える(笑えない)くらいに操られ搾取されクレカを言われるがまま作らされ借金を作らされていた、電話相手と電話が切れてなくて電話にワイが出た時もう怒りがとてつもなくて今まで叫んだことのないブチギレ方をして切った。その時は皇の時代の考え方を受け入れてこれは祖のお金がでてるだけ!って解釈でやり過ごしてた。そのあと母は脳梗塞になり、自分が断続的ニート野郎だから、バイトしても生活費がままならず洗濯機も同時期に壊れてもう降参、本当に現金がなくなって生活保護を受給した。カンパンをもらってボリボリ食べた。母の詰まった血管の手術もして、なんとかなった。母の負債は結局家を売ることで姉の奨学金もおいらの奨学金も支払いに充てたれた。猫が5匹もいるから引っ越しなんて無理に決まってたのに、引っ越したい願望が消えてくれず引っ越せるかもとウキウキしたあと強烈な不安に襲われて、あんなに実家は嫌だと思ってたのに庭いじりに目覚めたりDIYしたりしてるうちに結局愛着があるよね。結局弁護士が最初に行ったほどの価値がこの家にはないと言われこのまま住む方がメリットが多いということで引っ越さずに済んだ。でもその間にものすごく断捨離をしちゃったんだよね。アホだよね。その前から物置を断捨離必死にやってたんだよ。

で、何が言いたかったのかというと植物とインテリアに興味が増えて猫が窓からの日差しを浴びてる姿と一緒に映る姿の写真をよく撮っていたからその記憶がブワァと広がった。

もうあの姿が見れないことがただ自分が寂しくて悲しいだけ。猫はそんな映えなんてどうでもいいもの。

映えに囚われてるうちにさっちゃんの居心地の良さとか奪ってたんじゃないかとかそうゆう想像が膨らんで自責癖を見事ぶり返してしまった。生きるってむずかしいね。相変わらず周波数重々になってしまって、声のメルマガを3年くらい心の拠り所ってくらい楽しみに聞いてたのだけど、来年のは買えなかった。しゃあないね。

 

このぐるぐるが辛すぎて一年振りにバイトをする。気が紛れたらいいや。

 

さっちゃんに会いたいと無意識に寝る前と朝つぶやいててどんだけやねん自分ってそれまた抑えようとするのだけど、別にいいじゃんね。言いたいだけ言えば。そんなにしがみついてたらその子を縛り付けることになるよって言われたって知るかよ!!!愛別離苦ってものと対峙してる。歪んだ家族愛ばっかの家でからこんな無条件の愛を交わせて、それを失う経験が初めてすぎてこんなに激痛なのかと経験しないとわからないことばかり。

 

さっちゃんが死んでから夏に子猫が家の屋根にいてとっ捕まえたかったけど無理だった(無事母猫が屋根の降り方を教えていて降りれたみたい、多くなってるとこを3回くらい目撃できた。あれからわからない)り、さっちゃんかよってくらいそっくりな柄のサビ猫をよく見るようになったり、その子を家猫にしたくなったりしていた。さくら猫だからどこかの家の外猫ちゃんなのだと思う。結局何もできていない。そのサビ猫ちゃんは斜め上のおじいさんの家の室外機を寝床にしてるらしく『ねっこちゃ〜んねっこちゃ〜んおっはよ〜』と言ってる声がして笑ってしまった。陽気なおじいさん。その陽気さが羨ましい。

12/8

さっちゃんに見た目がそっくりな猫を(色素を薄くしたサビ麦わら柄)さっちゃんが死んだ2日後くらいに庭で見かけるようになって(そんときはボロ泣き、耳カットされていたからさくら猫だった)本当に月に数回か敷地内とかでたまに見れるのだけれど、目があって反応すると鳴いてくる、やっぱりサビ猫は賢くて愛嬌がいい。その子にジュビちゃんと名付けて(背中に十字架ぽい模様があるサビちゃんだったから)いつもチェックしてるのだけど、今日朝寝てたら隣の家のおじさんが猫チャーン猫チャーンあったかいかいーって言っていて、給湯器の上にいたのだと思う。鳴き声も聞こえてあああの子だと思って微笑ましかった。上隣のおじさんは犬を飼ってて動物が好きみたいでよかった。

後夏に屋根にいた子猫はなんでか出かけた時に一度見かけて大きくなっていた、夜ベランダ窓の方に野良猫の気配がある時除くのだけど2度ほど見かけることができた。その時に家猫にしたい衝動にどうしてもかられるけど、結局あれから見かけていない。あの子にはミケで屋根の上で出会ったからミネコと名付けて勝手に脳内で元気かなっていったりしてる。近所の猫の地図が頭に広がってく。

 

SNSの正論を見続けると視野が狭まって反吐が出そうに苦しくなるから、できるだけ見ないようにしても結局入り込んでくるから真逆の価値観やぶっ飛んでる体験者の文章を本とかで読むと中和されてく。

12/8

たんじゅさんのnote見返してた

たんじゅさんの夫は愛猫が死んで亡骸を2ヶ月も埋葬せず死臭を放ってもそばに置いていたそうだ

さっちゃんが死んでなんでだったかばななさんの何かを読んでたら名が出て来て気になってnoteを読んでたら猫を小さい頃から飼ってたらしいし、そして自死遺族だったことにシンパシー(?)を覚え、さらに共振し、知ることができた

あまりにもスレッズとXでペットロスと看取りのSNSを貪るように何時間も毎日見ては(というか見ようとせずとも出てくるから結局見てしまうんだよね)夕方には脳と目ん玉がおかしくなるくらい疲弊させていた、なんか目が悪くなった気がする

あまりにも毎朝起きてもぐるぐるとぶり返す執着悲しみ、そして今まで生きて来て起きた惨劇悲しみがブワァっと芋蔓方式で記憶が襲って具合の悪すぎる目覚め(PMDD期なる)が続いてもう、頭の思考を止めたくてインディードを開き近所のスーパーの清掃の面接へ予期不安に悶えながらも行ったら、今まで業者だったのだけどそれやめて新たに雇うことにしたらしく、後日合否が来て受かってしまった。経験者だったからだろう。電話に出れるかビク付きながら頭朦朧としながら図書館の本を借りにいった矢先だった。なんとか擬態をし返答し、再来週あたりには一年振りの労働。望んでた週2、2時間労働がかなった。だが早朝勤務だから朝起きれるかビクついている。まあできるよ。頭のぐるぐるが始まるたび早くバイトしてえ!!頭の思考止めてえ!!となっている。

間違えて入った無料期間のプライムビデオでパーフェクトデイズを観て、あっしも週2だけパーフェクトデイズのおっさんになろ⭐︎と心の準備?になった。

11/24

相変わらずペットロスがきつい。朝起きてからずっと頭がぐるぐるショートすんじゃないかというくらい。自分の行いのせいでさっちゃんは死んでしまったんじゃないかっていう後悔探しを脳が永遠とする。ポノってはいるけど追いつかないほど。脳がしんどすぎてバイトした方が楽になるんじゃないかとすら思う。キリがないくらいの自責 何やってんだろ 誰もそんなこと望んでないのにね。相変わらず自分を許せないのは自分だけだった。

 

7/24

死んだらペットが迎えにきて会える説なんでみんな信じられるのだろう、そう思わないと心が耐えれなかったけど、我に返るとんな都合のいいことあるかと自分の捻くれさに萎えていく。

母は脳梗塞の手術後にみたせん妄で前に飼ってたうさぎのラロが同じ柄の友達50匹くらい引き連れてきてたらしい。

ま、死んでみなきゃわからないってことで、それまでどう考えるのも自由だーってことさ。