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ハキダス。

成長痛ぅ〜の記録。今宵モ反省文提出致シマス。独り言。

夜中の暇潰し心のしこりは潰れず疼くよどこまでも

汚い心を確かめたいだけ。だって見えないから見えるようにしないと分からないよ。

だから見えるようにする人がすごく凄くて、憧れたり、感化されたり引っ張ってくれるんだ。無自覚にでも確かにその感覚があるはずなんだ。こんな鈍ったよどんでしもうた私でもっていうか私だから。

"私だから"ってそう思っていい感覚。この感覚が自尊心やらなんやらが低くなっちまった私には死にそうに恥ずかしくて、こんなことを思う自分が汚くて醜い汚いって思ってしまっても、それをすくいとってくれた感覚は確かなはずなのです。

分かってくれる人はすごい、閉ざした心を掴む人が必ずいて、だって私がこんなに歪んで、蔑んで、塞いで、僻んでいるのにこんな人間の心を掴めますか。

私はやっぱり憧れてしまいました。頭の中からそらしても、拒否ろうとしても、もう心に住み着いた歌は離れないし、あの言葉も何度も思い出す。完全に掴まれたってこっすね。

消費しない存在に憧れる。消費されることがむなしいです。(まぁ消費すらされないけどなあたいはよー。)でも消費だらけの日々、ゴミだけが残る。捨てるか置いとくかほっとくか、ただそれだけのこと。っていってしまったらアレだけど、だからこそ消費しない存在が頭から離れることがないみたいです。自覚するのはなんだか恥ずかしいと言うか、だって心を許すわけです。心を許すことは安心が増えるような気がした。それと同時に失うかもしれないことの不安も片隅に芽生える。それが怖くて仕方なくて"死にそうなほどの恐怖"だからもー自分でも嫌になるくらい無意識に閉ざすわけです。"死にそうなほどの恐怖"っておおげさだわーって本読んでておもったのだけど、ささいな気持ちから大きな気持ちまでの範囲で考えると、あ、わかるわーこの感覚って思った。なぜか宿題ができなかったからって小3の夏休み明けから学校にいけなくなったのも、ものすごく怖くて仕方なかった。安心がなかった。関わってきた大人に理解もされなかった。わたしもなんやわからなかった。不登校希望を否定され、無理やりほぼ毎日無理やり父親の命令で母親が車に引っ張り入れ、鼻水滴ながら泣き叫んでも後ろに座席から足で蹴りまくっても連れていかされ、先生にも引っ張られた。でも手首つかまれ過ぎて腕をぐりっと回して先生の手を離す必殺技をお覚えてたな。ふっふ。でも当分この出来事を忘れてたというかまーあーゆうこともありましたわねーふっふーぐらいであまり思い出さなかったのだけど、たぶんこの出来事は自分が思っているよりも後の後遺症でしこりとなって残ってるような気が最近している。どーでもいいけど。根に持ち出すのも疲れるけど、自分がなんでこんな人間になっちまったんだろうっていう原因やら、意味が知りたいだけだよ。家族の中も含め。じゃないと先へ進めないや。全然前も今も歪みぎみだからちょっとだけ矯正するの。胸のへんなへんてこ痛みが減りますように。しこりがとれなくてもいい。他人のしこりを知れる感じれる人になりたい。私もなりたい。そしたらちょっとは世界が広がるかな。見え方が変わっていくかな。なんちって。ま、そこらへんから知らぬうちに親から与えられる安心感の欠如があったのだろう。姉が不登校になりだした後から私も不登校になったのだけどやっぱ意味があるのかな。姉は姉で苦しんでいる。それでも頑張って生きているので、本当はすごいんだと思う。協力していきていきましょうぜこの野郎。昔の私は全くもってあんたの苦しみが分からなかった偽善者ぶってけなしてた。けどほんのすこしは理解するようになった。見える世界は変わっていくんだね。あんたはあんたが思っている以上に今まですんげー頑張って生きてきたし今も頑張ってるよってあんたに言わんとなって話ですわ。ま、えっか。

 

暇すぎてフラストレーション溜まりすぎていろいろとやばい。朝の憂鬱さったらない。でも掃除したらすっきりした~。歳をとる度に暇潰しが下手になっていくばかりである。上手くなりたいっす。大人の暇潰しを覚えよう。こうゆうときは人生のぱいせん(本とか)に相談だーい。

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