ハキダス。

成長痛ぅ〜の記録。今宵モ反省文提出致シマス。とてつもなく独り言。

さなぎのじかん

ものすごい膜を張ってる感覚。苦しくて仕方がないやつ。これを膜と例えるなら、今の私はサナギなのかも。引きこもりをしていた現代芸術家の人もその時期をサナギと例えていた。

そうじのバイトで上司的な70うん才なのにめっちゃ元気でさ、すてきなさ人がいるのだけれど、辞めることになってそのことを話すので来て色々話してた時に唐突に

「脱皮しんさいよ!」

っていわれたのがすごい心ん中に残っている。ので残しておこう。

「自分の意見をはっきり言えるようにしんさい!」とも言われた。ダイレクトですよ。そん時のあたいは情緒不安定時期だったから、グサグサと処理しきれなくて多目的トイレでコントロールできない感情を目から出しながらバイトしてた。笑。今思うと、そのとうりなのですよ、ありがたいお言葉や。と思うのでした。それができなくて苦しんでいるから劣等感にかられるんだよなぁ。受け止めきれなかったあの瞬間には。今は感謝なのだけれどね。

頭の中がふわふわ浮遊して、買い物に来てる家族やら大学生やらお年寄りやらを傍観するような目でバイトしてる。意識はいつもここではなかった。人がいて話してる時は意識はここなのだけれどね。人と大して関わらなくていいからほんと楽だし、ほんと虚しくもあった。

気持ちが安定してたら、人間観察的で、この人はどんな人生かしら。と妄想を膨らませる。余裕もある時は、いろんな人の人生が散らばっているんだなぁと思いながらバイトしてた。子供がアンパンマンを見るとすぐ反応するし、後ろに子供が乗れる器具つけてるママチャリをサラリーマンぽい男の人がいつも通り過ぎる日があったり、ストレスでなのか当てつけなのかしらないけど女子の和式トイレでトイレットペーパー一個をガラガラガラガラ〜〜〜〜〜〜って永遠にやってて何事やと思ったけど後にして、もういないだろうって見に行ったらトイレが詰まって水浸しになって、初めて詰まったのに出くわしっちゃったのは昨日の話。辞めるからって気を抜いてはいけないわと思いやした。とほほ。そうじのバイト、あと一ヶ月ラストスパート。実感がないからダラダラしてる。何事も永遠じゃないのね。高2の夏からで多分5年くらいいたから、送別会してくれるらしい。嬉しいのと、別にやってくれんでいいのにという気持ちが混じっている。そのことをきいたときも

「やりたくないんかはっきりいいんさい!やりたくないんだったらやらんでもいいんよ」と言われ、あんときは情緒が不安定野郎だったので頭が混乱してどっちでもええーやらんでええーって思ってたのに「い、いいや、やりたいです」的な感じで言って笑われた。なんとまー真反対のことを思ってるというのに、自分に嘘をつく自分を否定しました。でもほんとうは嬉しい。めんどくさいけれど嬉しんだろうな。もう会えないのだ。

このまま居座っていたら私は成長しないと思った。そう思えるまで時間かかったけれど、この変化は大きいと思う。辞めれない、辞めたいを繰り返してたから。1年か2年か経ってやっと言えた。おかしいのだけれど私は「辞める」って言えなかった。何よりここを失うのが怖かったし、こんなにお世話になってるのに辞めるなんていうのが怖くて仕方がなかった。客観的に思うとアホかって思うんだけどねー。ものすごく重いし執着心、依存心が強いのであった。

 

だっぴ

くるしくてくるしくてしかたがないのだ

はやくこのまくをはぎとりたい

のだ

くるしいくるしいとなげいている

はやくぶちやぶるしょうどうをやってこい

はやく

はやく

 

くるしくてしかたがないのだ

 

 

 

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