ハキダス。

成長痛ぅ〜の記録。今宵モ反省文提出致シマス。とてつもなく独り言。

ひとりのとき

一人の時は自分と向き合う時間だって人生の先輩が教えてくれたじゃない。そうだったーそうだったー。せっかくの一人の時間が自分じゃない他人のことで心の領域を埋めてしまってはもったいないし心が弱っていくのが分かるじゃないか。私は弱りやすい人間というか、小学校3年生から不登校希望者だったというのに、親が無理矢理いかせるタイプの親だったからちまちま荒ぶれていた。学校嫌いはここから始まって、高校すらいこうと思わなかったのに大人に現実圧力をかけられ、気持ちを変えて定時の学校へ行った。そうゆうタイプの人間だから、我慢弱いし、人と壁がないと関われない。笑顔が盾だった。愛想笑いで八方美人。昔、ばあちゃんに「あんたは八方美人じゃねー」といわれた。そのとき私はまだぴーぴーの子供だったからことばの意味がわからなくて、語尾に美人とあるもんだから誉め言葉だと思っていた。いまとなっては八方美人の自分がコンプレックス的なものになった。人と深く関われてないことへの小さな絶望間、不信感、閉塞感でいっぱいに心は膨らんでいった。そこから今やってるバイトと家とネットを往復するのが日常になった。ネットではいろんな情報でいっぱいで、さびしい私のような人間は簡単に引き込まれる。目の前の幸せより、バーチャル感覚の世界に浸りすぎて脳が麻痺してたんじゃないかな、まぁ、今もだけど。こんな世界だから当たり前じゃなかったことが当たり前になっていくのかな。自覚するたびに苦しむのはいけないことなのだろうか。自覚してしまう。無意識だったあの頃が羨ましく思っても、何も変わらないのに。無自覚と自覚は交差して頭の中はぐちゃぐちゃになるから。どうゆうかたちでもいいんだよ、変なとこでこだわりすぎなんだよ私は。どんな形でいいから吐き出すことが必要なんだよ。吐き出していいんだよ。押さえなくていいはずなんだ。そんな馬鹿みたいに、自分がわからなくなるまで抑えなくていい。解放することへの背徳感を感じつつ生きたらいいし吐き出してもいいのかな。苦し紛れの言葉でした。
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